若手精神科医の覚書

若手から中堅の精神科医が、精神科初学者の学習に向いた本の紹介をしています。

リエゾン診療 向精神薬の使い方まで せん妄診療の基本事項 ①本当にせん妄か

せん妄への薬物治療に関して、後輩から質問が多いのでここに備忘録として書き連ねようと思います。

エビデンスが乏しい分野なので、経験に基づいた薬物投与方法になることはご容赦ください。なお、ここに記載されている通りの薬物投与で問題が生じた場合、私が責任を取ることはできないことはご理解ください。

 

さて、前置きが長くなりました。内容は私が思いついて書きたいことを書くので、あまり系統立った説明とは思います。

せん妄診療で重要なことは下記の点だと思います。

①本当にせん妄か

②せん妄だとしたら、その原因はなにか?

③原因の除去に加え、非薬物療法薬物療法

 

今回は「①本当にせん妄か」について扱おうと思います。

 

・せん妄とは

リエゾンコンサルテーションに従事していると、「せん妄をどうにかしてくれ」という依頼が非常に多いですよね。

せん妄が何かというと難しい話ですが、「身体的な負荷がかかった時に起きる脳の機能不全」という認識をしています。意識障害、注意障害を中心とした症状で、一日の中でも大きく変動する症状が特徴的です。

「過活動型」と呼ばれる「興奮」を中心としたせん妄から、「低活動型」と呼ばれる活動性が低下したように見えるせん妄、それらの両方の状態を呈する「混合型」のせん妄もあります。

高齢者、認知症脳卒中後など、脳が機能的に脆弱であればあるほど、些細な負荷であってもせん妄を呈するため注意が必要です。

せん妄を疑った場合に最も重要なことは

・身体的な負荷が増加していないか(疼痛、脱水、便秘、感染症、発熱など)

意識障害をきたす病態が存在しないか(電解質異常、血糖値、てんかんなど)

を鑑別することです。あくまで向精神薬による薬物治療は対象療法なので、原因検索を怠らないことが重要と肝に銘じましょう。

あと、通常のせん妄と治療方針が変わってくる、アルコール離脱せん妄は常に検討しておく必要があります。

重要なことは、アルコール多飲歴のある患者かどうか、アルコール離脱せん妄の既往があるか、アルコールを飲まない日に発汗、手の震え、イライラなどが起きるかどうかを問診しておくことです。

アルコール離脱せん妄の大発作は断酒後2日程度たってから出現しますが、ジアゼパムなどのアルコールと交叉のあるBz系薬剤で予防できます。離脱せん妄を起こさないように対処することが非常に重要な疾患です。

 

・せん妄の診断

色々なスケールがあります。興味のある人はこの本を買って読んでみてください。めちゃくちゃ勉強になります。

psy-book.hatenablog.com

私はいちいちスケールとか使うのは面倒なので使いませんが、看護師に継続的に評価してもらう際は有用だと思います。

私が診察時に注意することは、「軽い意識障害」があるか、「注意障害」があるか、「普段の様子と変化すること」があるかに重点を置いて診察しています。

「軽い意識障害」については、神田橋先生や原田憲一先生が言及しています。

「注意障害」については、基本的には患者の観察によって判断します。注意を向ける、維持する、転換するなどが上手に出来ているかどうかを評価します。

病室から患者を覗いて様子を伺ったり、面接で質問をしてその時の様子を観察したりして注意障害があるかを判断します。これも非常に訓練が必要な技能なので、上級医から診察技法を教えてもらうのが良いでしょう。

「普段の様子と変化すること」については、入院前の生活と比較して変化がないか、一日の中で極端に不機嫌になるなど変動がないかを中心に、看護師から情報聴取することで評価します。

看護師がせん妄患者に陰性感情を抱いている場合は、「あの患者はわざとしてる、性格が悪い」などと言われるケースもあります。こういった場合は、朝、昼、夕と複数回の診察を行うことで、性格が日内変動していることを掴み、背景にせん妄があることを見出せるということが多いです。

 

・せん妄の可能性を常に疑う

これは私が勝手に言っているだけですが、精神科医は常にせん妄の可能性を疑って診療にあたるとミスが減ると思います。これには二つの理由があります。

一つ目は、せん妄は治療可能性のある状態であるため、現在の症状が改善・緩和する可能性があるということです。基本的に進行する認知症と診断するよりは、treatable dementiaも含めた治療可能性のある病態を検索する方が患者、医療者にとって希望がみえます。

二つ目は、せん妄と診断することで、せん妄の原因検索を常に行う癖をつけるということです。認知症であれ、精神疾患によって精神症状を呈する場合の治療は基本的には急ぎません。まったくご飯を食べないなどで身体的な危機があれば別ですが、それも数日の猶予はあるでしょう。しかし、せん妄の原因が細菌感染症だったら、急性腹症だったら、何も考えずに患者に対して鎮静系の向精神薬を使用すると致死的な事態となります。

数日単位ではなく、数時間単位、もしかすると数分単位で命に係わる疾患がせん妄を起こしている可能性があります。

この背景疾患を見逃すことは患者にとって非常に大きなデメリットがあるため、「暫定的に」せん妄と考え、身体的な原因疾患の検索を行うことが通常臨床では非常に重要となります。

 

さて、今回は「①本当にせん妄か」というテーマについて扱いました。

せん妄と診断する目的は、何かしら背景疾患があって精神症状を呈している可能性があることを忘れないように気を付けるためです。

内科、外科の先生方は精神症状が出現すると、途端にその患者に対する熱意が低下する傾向にある気がします。精神科にコンサルトすれば自分の仕事は終わったくらいの認識の他科医師もいるため、私達精神科医は「せん妄は身体疾患が背景にある」という超基本的な内容を念頭に置き、患者に不利益が生じないように診療にあたる必要があります。

神戸市神出病院 錦秀会グループ 患者への虐待、あってはならないこと 精神科病院

入院患者を虐待した疑いで、神戸市の神出病院の看護師6名が逮捕されたと聞いた。

精神疾患精神科病院に入院中という環境で虐待された患者、2020年にもなって悲しい限りだ。

精神科の患者は日常生活においても、一般医療においても常に差別される対象だ。これは隠し通せない事実だ、綺麗ごとは通用しない。

私は単科精神科に勤務していたとき、某宗教関連の有名病院(研修病院としても非常に有名)に、「私達は精神疾患のある患者は診ませんし、受け入れません」と患者紹介を断られたことがある。その患者は、元々はその病院からの紹介患者だったにも関わらず、だ。

これ以外にも多くの例がある。ここで全てを挙げる余裕もなければ、私も気持ちも滅入るので一例だけにしておく、

 

とにもかくにも、精神科の患者は周囲からのそういった仕打ちを受けて社会で生きている。そして、社会で生きることすら許されない患者も存在する。それは、精神症状の重さであったり、周囲のサポートが得られなかったりと様々ではあるが。

では、社会で存在できない患者はどうなるのだろう。

答えは簡単で、非医療者、さらに言えば通常の医療者はほとんど関わることはないだろうが、そういった患者は精神科病院にずっと入院しているのだ。

10年どころではない、50年以上精神科病院に入院し続けている患者もいる。

彼ら、彼女らにとって安寧の地は精神科病棟にしかなく、他に行き場がないのだ。

今回の神出病院が地域でどのような役割を果たしている病院なのかは私は知らない。

しかし、超急性期病院であれ、慢性期中心の病院であれ、精神科病院は患者のために存在する場でなければならない。

医療者として、一人の人間として、患者対応の際に不快な感情や堪え難い怒りを感じることはあるだろう。それは転移や逆転移といった誘発された感情として、専門家としてどのように処理していくか、これは精神科診療に関わる医療者であれば絶対に必要なスキルとなる。

しかし、今回の事件はそういった精神科診療の流れとは全く乖離した出来事で、絶対に起きてはいけないことだ。

何が原因で医療者がそのような行動に出てしまったのか、それはまだ判明していない。

この悲痛な事件が令和の時代にも起きてしまったことに目を向け、私達精神科診療に携わる医療者は大きく反省すべき点があるのではないだろうか。

この神出病院で起きた、痛ましく悲痛な事件は他の病院、自分の勤務している病院で起きていないと言い切れるだろうか?

患者の人権に深く関わる精神科診療、私達は常に自分達を律し、道を踏み誤らない様に気をつけねばいけない。

部分的には良いけれど、後期研修医レベルならこれだけだとちょっと寂しい ★精神科の薬がわかる本 第4版

★姫井昭男先生

・精神科の薬がわかる本 第4版
 
私も初期研修医の時にお世話になった本です。
向精神薬についての基本的な内容についてまとめてくれているので、初学者からするととっつきやすく理解しやすい点が素晴らしいです。
改定されるごとに内容もアップデートされ、中身も見やすくなっているのが良い点です。
抗精神病薬抗うつ薬についての薬理学的な内容が多いので、薬物治療を理解するための取っ掛かりとして有用です。
ただ、薬物の使い分けに関しては弱めです。
また、睡眠薬抗不安薬などについての内容は微妙なので、この初学者向けの内容はあくまで勉強のとっかかりと考えて、ここから幅広く勉強するための第一歩的な本と考えましょう。
 
精神科治療は精神療法、心理教育に加えて、薬物治療の知識がどうしても必要になります。
非常に多い向精神薬を、私達若手医師が全てについて今から把握するのは非常に難しいというのが本音です。
読み易く、わかりやすい、それでいて内容も奥深い向精神薬を扱った本はあるのでしょうか?
あれば教えてもらいたい所存です。

一般診療での精神療法、少しずつ着実に ★精神療法を学ぶ

成田善弘先生

・精神療法を学ぶ

 

成田先生の精神療法についての本です。以前、「精神療法家の仕事」を紹介しました。

 

非常に読み易く、初学者でも学ぶべきことが多い本でした。

さて、「精神療法を学ぶ」も同様に平易な文章でわかりやすく、しかし奥深い内容となっています。

第一章の「精神療法をどう学ぶか」から、突っ込んだ内容です。

私達が「精神療法家を志す」動機についてメスを入れています。

①人間の心を探求したい

②自分を知りたい

③悩み苦しむ人を救いたい

④自分を救いたい

⑤収入を得たい、名声を得たい

このような精神療法家になりたいと志す動機についての成田先生の意見、治療にあたる上での注意点について言及されています。

精神科医である以上、患者との関わりの中で精神療法を行うことは避けて通れないでしょう。自己中心的、自己愛的な診療を行い続けるというのが実は簡単なことです。

一方で、精神科医、専門家として自分を律し、日々の臨床を継続することは非常に苦労を伴います。その苦労を実りあるものにするにはどうすればよいかを成田先生の本を読むと学べるのではないかと思います。

避けては通れないせん妄診療、理論から実践へ ★ポケット版 改定 せん妄の臨床 リアルワールドプラクティス

 ・和田健

・ポケット版 改定 せん妄の臨床 リアルワールドプラクティス
 
せん妄は意識障害を背景とし、様々な症状をきたす病態です。
単科精神科病院は外来患者をせん妄と診断し、身体疾患の鑑別目的に内科受診をしてもらうというケースが多いと思います。一方で、リエゾンコンサルテーションがメインとなる総合病院では、せん妄が日常臨床の中心となることが多いでしょう。
 
この本はせん妄に関して、理論編・実践編・実践編に分類し解説しています。
理論編では診断や薬物治療の方針についてなどが詳細に説明されています。患者がせん妄となった場合、家族にどのような説明をする良いか、抗精神病薬を使用する場合の説明についても記載されています。
さらに、患者家族への説明の仕方やフルニトラゼパムミダゾラムを使用するときの注意点、説明方法についても記載があり、非常に実践的な内容となっています。
 
実践編では「せん妄の診断のすすめ方および鑑別診断」を、25症例を元に解説しています。
直接因子、間接因子、促進因子に要素を分類し、対応法、薬剤選択について学べます。読み応えがあり、症例毎に試行トレーニングができます。
 
最後の症例編では、実践編のような症例提示とClinical Questionが提示されています。それを解くことで、せん妄について学んだ知識を確認するという流れです。
 
せん妄の対応は原疾患の治療が一番ですが、あまり理解されていない節があります。薬物治療に向精神薬が用いられることから、なんとなく精神科に任せようと考えられがちな領域です。しかし、せん妄の対応で最も重要となのは、身体領域で変化が起きていないかを確認することです。
この本はそういった視点を持った上でせん妄診療にあたる重要性を教えてくれます。

コンパクトだが重厚な内容、気分障害の超まとめ ★気分障害ハンドブック

★S.Nassir Ghaemi 監訳 松崎朝樹

気分障害ハンドブック
 
ハンドブックというと、実務上必要な内容が主での持ち運びやすい本、内容は少し浅めというイメージが湧くのではないでしょうか?
この本は大きさ以外はハンドブックのイメージと程遠い本となっています。
気分障害について、歴史、診断、薬物治療、薬物の説明まで事細かに説明されています。
これ一冊を読みこみ、使いこなせれば、気分障害の治療で困ることはかなり減るのではないでしょうか?
双極性障害の治療薬の項目には、新規抗てんかん薬(流石にラコサミドなどは含まれていません)の説明もされています。
ラモトリギンは当然のこと、トピラマート、ガバペンチン、ゾニサミドについての記述があるのは嬉しいです。
当然、リチウムやバルプロ酸といった日本で通常使用される気分安定薬に関しては詳しく記載されています。
また、抗精神病薬もオランザピン、クエチアピン、クエチアピンの徐放製剤、アリピプラゾールについても十分に記述されています。
後期研修医は、この気分障害ハンドブックに記載されている内容を正確に理解し、治療マネジメントを行えば大きなミスはせずに済むと思います。
統合失調症は松崎先生の「統合失調症のみかた、治療のすすめかた」、気分障害気分障害ハンドブックで勉強するのがオススメです。

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松崎先生が「気分障害のみかた」的な本を出すと風のうわさで聞きました。もしそれが出版されれば、気分障害のバイブルになるかもしれません。

それまでは、「気分障害ハンドブック」をしっかりと理解するのが望ましいですね。

 

精神科医の基本技術。診療技法を学ぶために! ★こころの病を診るということ 私の伝えたい精神科診療の基本

★青木省三先生

・こころの病を診るということ 私の伝えたい精神科診療の基本
 
精神科の診療技法について書かれた本としては新しく、なんと2017年に出版されています。
過去にも精神科の診療技法についてはいくつもの名著があり、それは時代を経ても色あせていません。10年以上前の本でも十分に臨床応用できるのが、他科と比較した精神科の特殊性でもあると思われます。
さて、この青木先生の本の凄さとして、それらのエッセンスを取り込み昇華している点が挙げられます。
そういった意味でも、他の名著を読むことも当然ながら、この本もぜひ初学者に読んで欲しいと思います。
待合室の患者の様子から情報を得て、付き添いの家族との関わり方、生活史の捉え方などを詳細に言語化され記述されています。
内容は平易な言葉で表現されているので、非常に読み易くスラスラとページが進むのも読んでいて楽です。
タイトルに精神科診療の基本とありますが、この本に書かれている内容は「基本」であり「極意」に近いものです。
後期研修医1年目で外来診療に携わる先生には絶対に読んで欲しい本です。