若手精神科医の覚書

若手から中堅の精神科医が、精神科初学者の学習に向いた本の紹介をしています。

精神科 豆知識シリーズ ⑦パリペリドンの意外な禁忌 知ってる人は知っている、知らない人は覚えてね

パリペリドン:インヴェガ®は抗精神病薬で、リスペリドン:リスパダール®の活性代謝産物です。

第二世代抗精神病薬セロトニンドーパミンアンタゴニスト:SDAと呼ばれており、錐体外路障害などの副作用が第一世代抗精神病薬と比較し出現しにくいというのが特徴です。

また、ゼプリオン®という月一回で治療効果が期待できるパリペリドンのデポ剤があるため、治療選択肢に幅があることも利点となっています。

インヴェガ®自体もOROSと呼ばれる特殊剤型で徐放製剤となっているため、血中濃度が安定しやすく副作用もでにくく効果が安定すると聞きます。

 

さて、このインヴェガ®は使い勝手の良い抗精神病薬ですが、たった一つだけ大きな欠点があります。添付文書に禁忌として堂々と記載されていますが、意外と知らない人が多いです。

この薬剤はCCr<50で禁忌となります。50未満って結構基準としては厳しめです。

腎毒性があるわけではありませんが、パリペリドン自体の半減期が長く20時間程度となっています。この薬剤は主に腎排泄なので、腎機能が低下していると血中濃度が上昇し易いというのは理解ができるでしょう。

しかし、CCrが50未満で禁忌とは・・・。

精神科 豆知識シリーズ ⑥意外と盲点?オランザピン筋注と糖尿病

精神科臨床において、オランザピン:ジプレキサ®は使いたいけど使いにくい薬剤ではないでしょうか?

鎮静もかかり、抗精神病作用もあり、急性期では非常に有用な薬です。

しかし、抗コリン作用が強い、糖尿病に禁忌、体重が著しく増加するといった使いにくい点があります。

体重増加は40%で5kg、14%で10kg増加すると報告されており、長期投与を行う上でのコンプライアンス不良の原因となります。

この数字はこの本で勉強しました。

psy-book.hatenablog.com

 

さて、糖尿病に関してはどうだろうか。

オランザピン:ジプレキサ®、クロザピン:クロザリル®は耐糖能異常を起こしやすい薬剤として有名です。

抗精神病薬では、ジプレキサ®とクエチアピン:セロクエル®が糖尿病に禁忌となっています。クロザリル®は禁忌ではありませんが、注意が必要です。

 

さて、オランザピンの筋注に関してはどうでしょうか?

統合失調症の精神運動興奮に用いられます。

ジプレキサ筋注用の添付文書を見てみると、あら不思議、糖尿病に禁忌の文字はありませんね。

これはどうしてでしょうか。

そもそも、このジプレキサ筋注用は長期に渡り使用する薬剤ではないからです。精神科救急に搬送されてきた患者で、夜間に採血ができない場合にも薬剤は使用する必要があります。

そのときに、糖尿病の有無が確認できなかったとしても、ジプレキサ筋注を2日程度使用したことが原因でDKA、HHSなどは誘発する可能性は限りなく低いと考えられているのでしょう。

当然、禁忌じゃないからといってジプレキサ筋注を連日投与していれば高血糖を誘発するでしょう。あくまで、ジプレキサ筋注は緊急時に使用する薬剤であり、かつ連日投与を目的とした薬剤ではない、という条件から糖尿病禁忌が外されたと予想されます。

ちなみに10mg筋注で薬価は2067円です。何も考えずに連日投与を行うことは医療経済上も良くありません。保険診療に携わる医療者としては、使用するにあたって他の選択肢がないかを十分に検討する必要があるでしょう。

私が以前勤務していた急性期病院で、ある医師が約束処方にジプレキサ筋注10mgを設定したために、20日くらいジプレキサ筋注が連続使用となっていた症例を見たことがあります。

最低ですね。

 

精神科 豆知識シリーズ ⑤喫煙と抗精神病薬 追記2020年3月8日

喫煙が薬物の血中濃度を変化させるということは皆さんご存じでしょう。

これは、煙中に含まれる多環式芳香族炭化水素が肝臓のCYP1A2を誘導するからと考えられています。

多環式芳香族炭化水素ってなんなんだろうか。

 

さて、CYP1A2で主に代謝される抗精神病薬と言えば・・・

オランザピン:ジプレキサ®

アセナピン:シクレスト®

ですね。

シクレスト®は日本ではMARTAに分類されていますが、性質はあまりMARTAぽくない薬剤でしたね。抗コリン作用がなく、糖尿病に禁忌でないのがありがたい薬剤です。

 

さて、ジプレキサ®は喫煙者ではクリアランスが35%も増加してしまうらしいです。

その結果として、7本ぐらいしか吸っていない人でも血中濃度が半分くらいに低下すると報告されています。

私はこれを聞いたとき、「副流煙だとどうなっていたんだろう?」と疑問に思いました。最近は健康増進法のおかげで精神科病院での喫煙はなくなりましたが、昔の精神科病棟って喫煙量が半端なかったのです。

最近までそういった状況だったので、入院患者にオランザピン内服させてもほとんど聞いてなかったんじゃないか?と思います。

ちなみに、筋注であっても喫煙をしているとクリアランスは増加していたようです。

 

一方でシクレスト®はどうでしょう。こちらは舌下でなければほぼ効果を発揮できない薬剤です。

そのおかげか、初回通過効果を受けないため、喫煙によって血中濃度が低下するという心配はしなくて良いらしいです。

シクレスト®は喫煙者でも血中濃度は低下しない!というのは覚えていて損はないでしょう。

 

追記

クロザピン:クロザリル®もCYP1A2により代謝される割合が多いようです。

喫煙すると血中濃度が低下し、禁煙すると血中濃度が上昇します。

禁煙したことで、副作用が出現したクロザリル®の症例報告もあるようです

 

ラメルテオン:ロゼレム®はフルボキサミンとの併用が禁忌です。フルボキサミンがCYP1A2を強く阻害することが原因ですね。

ロゼレム®は喫煙によって効果が減弱することはないのでしょうか?気になります。

精神科 豆知識シリーズ ④食後服用と血中濃度の大幅上昇

これは他にもあるかもしれませんが、とりあえず思いついた薬剤を三つ挙げておこうと思います。

食後に内服すると大幅に血中濃度が上昇、逆に空腹時に飲むと血中濃度が上昇しにくい薬剤についてです。

ずばり

ペロスピロン:ルーラン®

ブロナンセリン:ロナセン®

クエチアピン徐放製剤:ビプレッソ®

 

ルーラン®とロナセン®は食後に飲まないと血中濃度が上昇しないため、眠前などの空腹時ではなく、食後に内服するようにと言われています。

食後は胃の中が酸性となり、これらの薬剤が酸性化で吸収されやすいというのが理由のようです。

 

逆に、ビプレッソ®は徐放製剤としての効果を期待するには食後ではなく、空腹時、とくに眠前に内服する必要があります。

食後に飲んでしまうと、徐放製剤として作用しないことに注意が必要です。

 

他にも精神科の薬剤で内服タイミングによって大きく血中濃度が変化するものがあるかもしれませんが、今の時点では思いつかないです。思いついたら適宜追記していこうと考えています。

精神科 豆知識シリーズ ③バルプロ酸の血中濃度を下げる抗菌薬

さて、これは有名と思いますが、周囲の医者はあまり知らなかったので取り上げておきます。

てんかん薬、気分安定薬として使用されており、精神科薬物治療では無くてはならぬ存在のバルプロ酸

抗生剤の投与でバルプロ酸血中濃度が低下してしまうことに注意が必要です。

 

その抗生剤とはカルバペネム系抗生剤です。

オラペネムとかいう、どーでもいい(と私は個人的に考えている)経口カルバペネムバルプロ酸と併用禁忌です。

 

機序ははっきりしていないようですが、バルプロ酸とカルバペネムの併用でてんかんが再発した症例も報告されています。バルプロ酸血中濃度が下がってしまうようです。

点滴でカルバペネムを使用する場合は、重症の細菌感染症や、耐性菌が出現しカルバペネム系抗菌薬しか使用できないというケースが多いでしょう。

極力カルバペネムを避けつつ、どうしようもない場合は別の抗てんかん薬を用いて対応するなどが現実的でしょうか?

気分安定薬として使用している場合は、一時的に血中濃度が低下しても大きな問題はなさそうに思えます。点滴使用するってことは入院中だろうし、仮に精神症状が出始めても、手を付けられなくなる程激しくなる前に対応できるでしょう。

精神科 豆知識シリーズ ②精神科医が見落としがちなセロトニン症候群の原因薬剤

セロトニン症候群は抗うつ薬の過量使用で14%、通常使用だと発現率が1%以下と報告されているようです。 

診断基準など細かいことは各自勉強してもらうとして、今回は見落としがちなセロトニン症候群を誘発しうる薬剤について言及しようと思います。

 

①西洋オトギリソウ、セントジョーンズワート

抗うつ作用があると言われていて、精神科医なら知らぬ人はいないでしょう。たまに、外来の患者でこの紅茶?か何かを摂取している患者がいるので気をつけましょう。

セロトニン再取り込み阻害作用、高用量でのモノアミンオキシダーゼ阻害作用(MAO-I)が影響すると考えられている。

 

②デキストロメトルファンメジコン®

咳止めとして処方されるメジコン®。

これはセロトニン再取り込み阻害作用が関係していると考えられています。

恥ずかしながら知らなかった。適当に病棟患者にメジコン®処方して、抗うつ薬飲んでいる人がセロトニン症候群に・・・なんてなったら恐ろしすぎます。

 

③リネゾリド:ザイボックス®

MRSA薬の抗菌薬。ノアミンオキシダーゼ阻害作用(MAO-I)有することが原因と言われている。精神科医が処方することはないだろうが、リエゾン症例でザイボックス®を使用している患者に抗うつ薬を処方してセロトニン症候群に・・・なんてなったら恐ろしすぎます。

 

④トラマドール:トラマール®、ワントラム®、トラムセット®、タペンタドール:タペンタ®

鎮痛薬です。タペンタドールはがん性疼痛に利用されますが、トラマドールは歯痛から何から、頻繁に処方されています。

これらの薬剤はノルアドレナリンセロトニンの再取り込みを阻害します。これが鎮痛作用をもたらしますが、セロトニン症候群の原因ともなります。

鎮痛繋がりで、デュロキセチン:サインバルタ®との併用は慎重に。

 

⑤炭酸リチウム:リーマス®

機序はわかっていないようですが、セロトニン症候群の原因となりえるようです。

 

⑥トリプタン製剤

エルゴタミンなど、様々な薬剤があります。選択的セロトニン受容体作動薬のため、セロトニン症候群の原因となるようです。留意が必要ですね。

初期研修医向け 基礎的参考書 感染症のオススメ本

初期研修医向けの感染症についての本です。

ちなみに、精神科医も単科精神科病院では細菌感染症に対して抗生剤を自分で選択し投与する必要があります。

精神科後期研修医の医師や、精神科志望の初期研修医もきちんと勉強しておきましょう。

こういった、病棟業務の基本知識は実務をスムーズに行うために非常に重要です。

 

①マニュアル

全てを暗記することはできません。発熱→細菌感染症疑いと判断した場合には、こういったマニュアルを用いて対処するのが良いでしょう。
完成度が非常に高く、値段も安く、持ち運びもしやすいため非常にオススメです。
 
②読み物

 もともとTwitterでは大暴れしていましたが、コロナウイルスで一世を風靡した岩田健太郎先生の本です。冗長なので初学者には不向きですが、基本的な抗生剤の使い方を勉強した後に読むのをオススメします。

読み物として気軽に読めますが、知識量は半端ないです。

 

③コンパクトにまとまった本

必要な知識がギュッとまとまった本です。この本、内容は非常にわかりやすく、しかもまとまっているのでありがたいのですが、出版が2010年と少し古めです。
MRSAに対する新規の抗生剤なんかも出てますが、精神科医が使うものでもないので、少し古めの本でも勉強にはなると思います。
基本的なMRSA、ESBLの知識は精神科単科でも蔓延しているため必須です。
てか、むしろ単科病院のほうがESBLでまくりだったような気もするくらいです。
 
 ④辞書的な本

言わずとしれたレジデントのための感染症診療マニュアルです。

分厚いので辞書的な使い方をする本です。精神科医でも梅毒診療を行うことはあるので、そのようなケースでは少し重宝します。

ただ、基本的に精神科医にとっては詳しすぎます。私はもっていますが、あえて購入はしなくてもいいような気も・・・。

 

感染症についての勉強は熱発患者への対処の一つなので、精神科医といえども確実に必要になります。

細菌感染症であれば、Focusを考え、各種培養を提出し、Focusに届く抗生剤を十分量、十分な日数使用するというのが最も重要になるでしょう。

適当にニューキノロン、第三世代セフェムを投与するというのは精神科医と言えどもいけてなすぎるので、少しは勉強をしておいたほうが良いでしょう。