精神科 豆知識シリーズ ⑫腎機能低下を評価するときの注意点
精神科で使用する薬剤は腎機能によって用量調整を行う必要があるものがあります。
腎排泄であり腎機能を低下させることもあるリチウム、腎機能によっては禁忌となるパリペリドンなど、投与前に、投与中に腎機能を確認することは非常に重要です。
リエゾンコンサルテーションで、急激に腎機能が増悪している患者に漫然とプレガバリンやミロガバリンが投与されていて、意識障害を来たした例なども経験したことがあり、主治医が気付かなくても精神科医が気付く必要があるケースはあるでしょう。
さて、腎機能ってどうやって評価するといいのでしょうか?
内科的に厳密な話をすれば、「Crなどの数値が動く前に尿量は減少していればその時点で腎機能は落ちている」と言った話もあるでしょうが、とりあえずは精神科医としてはせめて数値で気付くことができることが重要でしょう。
①eGFRをみる
②Cockcroft-Gault(CG)式のCCrを計算する
③eGFRcys(シスタチン)を測定する
大きく分けて、精神科医として関与できるのはこの三つくらいでしょうか?
③もほとんどしないと思います。
①eGFRをみる
採血でCrを測定すると、同時にeGFRも検査値としてあげられるケースが多いでしょう。
GFR推算式は・・・
(成人の場合) GFR(男)=194*Scr-1.094*age-0.287, GFR(女)=GFR(男)*0.739
となっていて、性別、年齢、血清のクレアチニンを用いて測定しています。
Crが高いほど、年齢が高いほどeGFRは低下することがわかります。
通常の体格の人であれば、この年齢、性別と採血での血清クレアチニンさえ分かれば計測できるので便利ですよね。
しかし、大きな落とし穴があります。クレアチニンって筋肉量が多いtと産生量が増加します。その結果として血清の値も増加します。
つまり・・・
筋肉量が多いと血清Crが高くなってしまい、計算上の腎機能が過小評価される。
筋肉量が少ないと血清のCrが低くなってしまい、計算上の腎機能が過大評価される。
ということが起きるわけですね。
そこで、ガリガリな人、筋肉量が多い人では下記のCCrを用いて計算することで、腎機能を推定できるということになります。このとき、超肥満は筋肉より脂肪が多いので、CCrでも誤差がでると考えられます。(除脂肪体重が使えれば良いが、なかなか難しい)
②Cockcroft-Gault(CG)式のCCrを計算する
CCrの計算式は・・・
男性:Ccr = {(140-年齢)×体重(kg)}/{72×血清クレアチニン値(mg/dL)}
女性は、男性×0.85
で求められます。
これはガリガリの人や筋肉量が多くてCrが平均体重の人と離れている場合の腎機能を推測する上で有用とされています。
若年者ではeGFRよりも2~3割高い値になるから0.789倍することでeGFRと近い値になるようですが・・・、このあたりになってくると少し難しいですね。
採血で自動計算されるeGFRより、体重を考慮したCCrの方が超肥満でないケースでは筋肉量によるCr増減を加えた腎機能評価が出来ているという認識でよいと思います。
80歳女性でCrが0.8の場合
そこそこ筋肉があって体重60kgなら、eGFR:52.03、CCr:44.27
体重30kgなら、eGFR:52.03、CCr:26.56
25歳男性でCrが1.4の場合
筋肉ムキムキで体重90kgなら、eGFR:52.03、CCr:102.68
ガリガリで体重40kgなら、eGFR:52.03、CCr:45.63
という感じで、年齢、性別、その人の(筋肉量による)体重で大きく値が変わることがわかります。
ちなみに、肥満の人は徐脂肪体重か標準体重で計算して予測値を立てましょうということになっています。
③eGFRcys(シスタチン)を測定する
筋肉量に影響を受けず、腎機能が悪化すると上昇するシスタチンcという血清タンパク質があります。
これで腎機能を評価するメリットは、軽度の腎機能障害も見つけやすい、筋肉量の影響を受けずに測定できる、という点のようです。肥満の人でも測定値が狂わないようですね。ただ、一回の測定費用が結構高いみたいです。
体のどこかを離断しているケースでは重要な値となるのでしょう。精神科でも超肥満患者がいるので、本来は測定する有用性はあるのかもしれません・・・。
とりあえず、こういうのもあるんだなと知っておくくらいは重要かなと思います。
今回は腎機能についてでした。
標準体重、筋肉量の人はeGFRでそれなりの腎機能が推定できますが、筋肉量が多い、少ないケースではCCrの測定、肥満では入力体重に気を付けてCCrの測定、必要によっては一度シスタチンcを測定することもアリなのかもしれないと思います。
大人のトラウマを診るということ トラウマを念頭に置いた診療を目指して
★青木省三先生
女性の複雑な精神症状、月経前症候群や月経前不快気分障害を学べる本
1年振りの帰還
1年間、旅に出ていました
自分なりに研鑽を積んで更に視野が広がったことと、いろいろな経験から多くの疑問点が生まれたこととを元にブログの更新を再開したいと思います
1年振りの帰還
1年間、旅に出ていました
自分なりに研鑽を積んで更に視野が広がったことと、いろいろな経験から多くの疑問点が生まれたこととを元にブログの更新を再開したいと思います
せん妄でよく使う向精神薬
せん妄診療で私が使う薬剤についてです。あまり使わない薬剤、使ったことがない薬剤についても記載しておきます。
★睡眠薬
・ラメルテオン:ロゼレム®
副作用が非常に少ないので、転倒ハイリスクなどで使用。CYP1A2を強く阻害するフルボキサミンが併用禁忌。その他、CYP1A2、CYP2C19、CYP3A4を阻害する薬剤でも半減期延長。
・スボレキサント:ベルソムラ®
眠れてなくて混乱してそうなせん妄に。
15mgを主に使用。減量基準にかかれば10mgを。
クラリスロマイシンなどCYP3A4を強く阻害する薬剤で併用禁忌。
エリスロマイシンなどCYP3A4を阻害する薬剤との併用で10mgに減量。
ジルチアゼム:ヘルベッサー®、ベラパミル:ワソラン®もCYP3A4を阻害することに注意が必要。Afなどの頻脈性不整脈で追加投与されたとき、ベルソムラの半減期が伸びてしまう。
★鎮静系抗うつ薬
ちょっと混乱している程度のせん妄に。睡眠を助けてせん妄の改善につながるイメージ。
CYP3A4阻害作用のある薬剤は血中濃度を上昇させるため併用注意。
夕食後~眠前に12.5mgから50mg程度を体重、年齢、腎機能に応じて処方。
最高で100mg程度まで利用、それ以上の増量は副作用>治療効果となる印象。
激しい過活動型せん妄、双極性障害の患者などには効果見込めない、もしくはデメリットが大きい可能性あり。
トラゾドンと似た使い方。テトラミド®の方が半減期は長い。MAOIと併用禁忌。
10mgが市場から消え去り、30mgの半分量から投与するか?
CYP1A2、2D6、3A4によって代謝される。
トラゾドンはワルファリンと併用でプロトロンビン時間の短縮が報告されているので、気になる場合にはこちらの使用を・・・。
・ミルタザピン:リフレックス®、レメロン®
MAOIは併用禁忌。
せん妄というか、低活動な状態で低活動型せん妄も一応疑われる際に稀に・・・。
CYP1A2、2D6、3A4によって代謝。
使用は7.5mgから副作用の出現がないかを確認しながら使用。著効するケースもあるので選択肢にはありますが、滅多に使いません。
★抗精神病薬
・リスペリドン:リスパダール®
腎排泄、腎機能障害があると血中濃度が低下しにくいため要注意。
主にCYP2D6、CYP3A4にも代謝。
年齢、体重、腎機能にもよるが、夕食後に0.5mg、1mgから使用。
夕食後投与で早めに対応し、不穏時に0.5mg・1時間あけて2回まで追加可能としておく。
・クエチアピン:セロクエル®
糖尿病禁忌。CYP3A4で代謝される。
半減期も3~4時間程度で持ち越しも起きにくく使用しやすい。
が、代謝が落ちているからか高齢者では結構持ち越すことはあるので少なめに使用を。
年齢、体重、腎機能にもよるが、夕食後に12.5mg~50mgから使用。
夕食後投与で早めに対応し、不穏時に12.5~25mg・1時間あけて2回まで追加可能としておく。
レビー小体型認知症、薬剤過敏性が疑われる場合は12.5mgの半量の6mg程度からの処方とすることが多い。
・オランザピン:ジプレキサ®
増悪した経験もあるので使いません。半減期長め、抗コリン作用強め。
・アセナピン:シクレスト®
CYP1A2により代謝。CYP2D6を軽く阻害する。舌下投与で初回通過効果受けない。肝機能障害がある場合は使用する際に注意。
CYP1A2を阻害するフルボキサミンとの併用は血中濃度が上がる可能性があり注意が必要。パロキセチンの血中濃度をあげうる点に注意。
糖尿病でも使用可能。抗コリン作用が皆無。腎機能障害があってもOK。半減期は長いが低用量ならあまり持ち越さない印象。鎮静作用自体も弱め?
夕食~眠前に2.5mg~5.0mgの投与。追加も2.5mg。そこまで使用経験は多くない。
・ブロナンセリン:ロナセン®
CYP3A4で代謝される。空腹時に内服すると血中濃度が上昇しにくい。
腎機能障害あり、糖尿病ありという症例でたまに使う。
・ペロスピロン:ルーラン®
CYP3A4で代謝される。空腹時に内服すると血中濃度が上昇しにくい。
一時期積極的に使っていたが、あまり効果は期待できなかった。これしか選択肢がないときに・・・。
・アリピプラゾール:エビリファイ®
使ったことありません。低活動型せん妄に使う人がいると聞く。
・その他
・抑肝散
眠前、夕食後に投与。甘草、グリチルリチンによる偽性アルドステロン症に注意。低K血症は時々起きる。
認知症のBPSDに抑肝散が継続処方されていて、カリウム2台となっていることもあり結構怖い。
・点滴
CYP2D6、3A4に阻害される。併用薬に注意は必要。
過量投与でQTc延長のリスクについても考えておく必要あり。
体重、年齢などを見て用量調整。
せん妄が起きる時間より前のタイミングで、ハロペリドール2.5mg+生食100mg投与。興奮強ければ適宜追加投与も検討。
統合失調症患者に使用する場合は、錐体外路障害を予防する目的で抗コリン薬を追加する。しかし、抗コリン薬がせん妄のリスクとなるため、せん妄に使用する場合は併用しない。
・オプションの治療法
不眠+せん妄の時、抗精神病薬を処方した上で睡眠薬を追加処方する場合もある。
エスゾピクロン:ルネスタ®を追加するなど。苦みの副作用出現には注意。
・内服でどうしようもない場合や、内服で副作用が出すぎる場合
経静脈的な薬剤投与
①ICUなどデクスメデトミジン:プレセデックス®の持続投与
③フルニトラゼパム:サイレース®+ハロペリドール:セレネース®
このあたりは精神科医よりも集中治療医、内科医の方が使い慣れている薬剤。
③に関しては使用上の注意点があるため、安全に使うための工夫が必要。
精神科 豆知識シリーズ ⑫低栄養状態の患者で見かけた不思議な検査値
神経性食思不振症など、極度のるい痩で入院している患者の採血結果で疑問に思っていたことがあります。
極度のるい痩では、おそらく低栄養に伴い骨髄抑制が起きています。
それは、白血球減少(症例では好中球が500近くまで低下した症例も経験があります)、貧血などから、骨髄抑制が起きていると判断できます。
さて、食事摂取量を増加させて低栄養状態を改善させていくと不思議な検査値を目にします。当然、栄養量はRefeeding syndromeが起きないように細心の注意をはらって決定しています。
低栄養が少しずつ改善すると貧血も改善傾向となります。そのとき、多くの症例で何故かMCVが110以下ながらも大球性の値を示すのです。
そこで、一般的によく知られている大球性貧血をきたす原因となる、ビタミンB12、葉酸の測定を行います。骨髄抑制が改善し、血球が産生されることで相対的に欠乏しているのかなと考えて。しかし、これまた多くの症例で正常値です。
果たして、この回復期にみられるMCVの上昇は何を意味するのか・・・、と悩んでいました。
あるとき、検査値の勉強をしていた時に答えに気が付きました。
赤血球が増加するとき、網状赤血球がまずできるというのは皆さんご存じでしょう。
この網状赤血球、大きいんです。つまり、骨髄抑制が解除されることで網状赤血球が増加します。網状赤血球が増加することで、MCVが見かけ上高値をとり、あたかも大球性貧血を思わせる検査値となっていたのですね。
何で読んだかは忘れましたが、網状赤血球の増加だとMCVは110以下でおさまることが多いとかなんとか。
今までの臨床実感とも一致しており非常にすっきりしました。
当然、本当にビタミンB12や葉酸が欠乏して大球性貧血を呈している可能性もあるため測定は必要でしょう。それらが正常値で貧血が進行していないときに、網状赤血球が増えているのかなと考えて経過観察することができると思います。
参考にRDWが高値(赤血球の大きさにばらつきがある)となっているかも見ておくと良いかもしれませんね。